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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)102号 判決

原告

飯田曻二

ほか三名

右四名訴訟代理人

浜口武人

石野隆春

塙悟

被告

東京都

右代表者・水道事業管理者・水道局長

扇田彦一

右訴訟代理人

三谷清

高瀬太郎

永松素直

岡安秀

右指定代理人事務吏員

石葉光信

主文

1  原告らが被告の経営する東京都水道局の職員たる地位を有することを確認する。

2  被告は、

原告飯田に対し金二、一三五、六八六円を、

同 関町に対し金一、七〇二、四七二円を、

同 芳沢に対し金二、一三六、八五五円を、

同 市川に対し金二、〇〇四、六三一円を、

各支払え。

3  原告らのその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、被告の負担とする。

5  第2項は、仮執行することができる。

事実及び理由

第一、当事者双方の求める裁判<省略>

第二、当事者間に争いない事実<省略>

第三、争点

一、原告らの主張

(一)  原被告間の労働関係は、私法上の労働契約の性質を有する。

1 原告ら職員の労働関係については、地公労法により、一般私企業におけるとほぼ同様に労働組合法が適用され、(四条)労働条件についても団体交渉、労働協約によつて律せられることを予定している(七条ないし一〇条)。このことは、原告ら職員の労働関係が一般の地方公務員と異なり特別権力関係に立つものではなく、当事者対等、契約自由の原則に立つていることを示すものであつて、原告らの雇用が地方公営事業管理者による任用行為の形式をとるにせよ、その法的性質は、私的契約関係とみるのが妥当である。

2 原告らが一般職の地方公務員として、その任用基準、分限、懲戒等につき地方公務員法の適用を受けることは、その労働関係の私法的性質を左右するものではなく、同法中労働条件に関する部分は、企業法三九条によりその適用が排除されている。

3 そもそも地方公営企業は、権力作用を営むものではなく、一般私企業にもその経営を委ね得る性質のものであつて、地方公共団体の監督規制も社会性、公共性、独占性を有する事業運営そのものに対してなされるものに過ぎず、その労働関係について地方公共団体が当然に権力的地位に立つことを理由づけるものではない。事業の公共性にかんがみ第三者の基本権を侵害する危険の現存する限りにおいて労働関係規整の必要があるにしても、この点から直ちにその労働関係を権力関係とみるのは当らない。

(二)  本件行為は、地公労法一一条一項の争議行為に該当しない、正当な組合活動である。

1 三六協定がない場合、使用者が労働者に時間外労働を行わせることは刑罰法規に触れる違法行為であり、労働者は、使用者のかかる命令により労務提供の義務を負わない。したがつて、かかる違法な命令による業務の実施は業務の正常な運営ということができないから、これを拒否し又は拒否させることは、争議行為ではない。このことは、たとえ時間外労働が慣行となつている場合でも、同様である。

2 なお、東水労では、従前から、その基本方針として、三六協定のない限りいつでも時間外作業を拒否できるとの建前のもとに、時間外作業を行なう場合には最低前掲労働条件(第二の三)を獲得すべく各支部等に対し局側との交渉を委ねてきたのであつて、原告らの本件行為は、右方針に副つて北一支部のした要求が同支部長の容れるところとならなかつたため、これを実行したまでのことである。

(三)  本件解雇は、次の理由により無効である。

1 本件解雇は、原告らの正当な組合活動(本件行為)を理由とするものであり、また、東水労、ことに前記制限給水作業をめぐり先進的活動を行なつてきた北一支部の団結破壊を企図するものであるから、労働組合法七条一号、三号に該当する不当労働行為である。

2 本件行為は地公労法一一条一項に該当しないから、これを根拠とする本件解雇は、解雇権の乱用である。

(四)  仮に、本件解雇が行政処分であるとしても、右処分は労基法違反の義務命令を前提とし、地公労法一一条一項の解釈を誤り、ひいては憲法二八条に保障する団体行動権を侵害するものであつて、その瑕疵は重大明白であるから、当然無効である。

(五)  よつて、原告らは、被告に対し局の職員たる地位の確認および第二の五記載の給与の支払を求める。

二、被告の主張

(一)  原告らの勤務関係の性質は、公法関係である。

1 原告ら地方公務員については、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、職務の遂行に当つては、全力をあげてこれに専念すべきものと定められており(憲法一五条二項、地方公務員法三〇条)、したがつて、その勤務関係が私企業の労使関係とその性質を異にするのは当然である。地方公務員法は職員の任用、懲戒、免職等その勤務関係すべてを公法的に規律しており、したがつて、本件解雇は、行政処分である。

2 地公労法は地方公営企業に従事する職員の労働関係についても一定範囲において団体交渉権、労働協約の締結権等認めているが、それは右事業の性質が私企業に類似する一面を考慮したものにすぎず、職員が右のような労働法的保護を受けることとその勤務関係が公法関係であることとは、互に矛盾しない。

(二)  時間外勤務を命じた本件業務命令は、適法である。

1 本件行為に至るまで、時間外勤務は、局における長年の慣行として北一支所を含む各事業所において日常的に実施され、職員は、三六協定の有無にかかわりなく右勤務に服してきた。

2 前記制限給水作業についても、東水労は、その実施につき局側に全面的協力を約しており、時間外勤務をすることについてはこれを了承し、ただその手当の問題につき同本部において北一支部を含む下部組織の委任を受け、別途局側と統一交渉をしていたに過ぎない。

3 前記協約(第二の四2)において三六協定に関する基本事項について一般基準が定められているから、各事業所で締結さるべき三六協定は、すでに骨組みができているのと同様である。

4 以上に述べた諸事情のもとでは、三六協定の有無に拘らず、職員は、所属長の時間外勤務命令に服する義務がある。

(三)  本件行為は、地公労法一一条一項により禁止された違法な争議行為である。

地公労法一一項一項の律意は、公営企業が公衆の直接利用による社会公共の利益を目的とするものであるため、争議行為による事業の停廃、不円滑等により公共の福祉実現が阻害されることを防止するにある。本件のように三六協定の有無にかかわらず時間外作業が現実に日常的に行われている場合、右業務が阻害されることは、必然的に公衆の不利益に影響することとなるので、原告らの本件行為は同条にいう「業務の正常な運営」を阻害するものとして、法の禁止する争議行為に当り、右行為を理由とする本件解雇は、不当労働行為でない。

(四)  本件解雇は(一)に述べたとおり行政処分であつて、仮に原告ら主張のような違法の点があつたとしても、その瑕疵は重大明白とはいえないから、当然無効ではない。

(五)  よつて、本件解雇の無効を前提とする原告らの本訴請求は、すべて理由がない。

第四、証拠<省略>

第五、争点に対する当裁判所の判断

一、本件解雇の法的性格

(一)  地方公営企業(企業法二条一項、地公労法三条一項)は地方公共団体を経営の主体とし、企業の経済性の発揮とともに公共の福祉の増進をもつて運営の本旨とすべき旨定められているけれども(企業法三条)、その営む事業内容や社会的作用の実質においては私企業のそれと本質的に変わるところはなく、地方公共団体における公権力の行使を伴う一般行政作用とは、その性質を著しく異にする。企業法は地方公営企業の右性質にかんがみ、地方公共団体に適用される一般法規に対する特則を定めたものであつて(企業法六条)、地方公営企業については、その企業的特質から、運営管理、事務組織、予算会計等の規制において地方公共団体一般とは大きな差異が存することが明らかである。

地方公営企業が一定限度において公的な規制に服することは、その経営主体や事業内容の公共的性質から避けられないところであるが、その故をもつて地方公営企業をめぐる法律関係の性格を地方公共団体一般のそれとすべて同視すべきいわれはない。

(二)  企業法は、地方公営企業の職員の身分取扱については原則として地公労法の定めるところによるものとし(三六条)、地方公務員法の職階制、給与、勤務時間その他の勤務条件、政治的行為の制限等に関する規定は、職員に適用しない三九条を定めており、地公労法は、地方公営企業とその職員との間の平和的な労働関係の確立を図ることを目的とし(一条)、職員の労働関係については原則的に労働組合法、労働関係調整法を適用するものとし(四条)、その労働条件に関して団体交渉および労働協約の締結を認め(七条二項)、右協定の内容が当該地方公共団体の条例、規則、予算に抵触する場合の措置をも定めている(八ないし一〇条)ほか、労使の共同構成機関による苦情処理(一三条、七条二項五号)、労働委員会による調停、仲裁(一四ないし一六条)の制度も設けている。もつとも、地方公務員法の任用(一五ないし二二条)、分限および懲戒(二七ないし二九条)、服務(三〇ないし三五条、三八条)等に関する規定は、地方公営企業の職員に対してもその適用があるけれども、これら事項でも労働条件と目すべきものについては、なお団体交渉、労働協約、苦情処理、調停、仲裁等の対象となり得るところである(地公労法七条二項)。以上によると、地方公営企業の職員の労働関係については、一般地方公務員のそれと異なり、当事者対等の基本原理によつて律せられているものというべく、この点においてむしろ公共企業体ないし私企業における労使関係に類するものといえよう。

(三)  地方公営企業の職員の勤務関係が公私いずれの法的性格を有するかについては、その従事する公務の性質、内容やその労働関係についての実定法の規制のしかた等を配慮して合目的に判断すべきものと考えるところ、右(一)、(二)に述べたところからすれば、地方公営企業の職員の労働関係は私法的規律に服する契約関係とみるのが相当であり、したがつて、原告ら(原告らが企業法三六条にいう地公労法の適用を除外される職員に該当しないことは、弁論の全趣旨から双方明らかに争わないものと認められる。)に対する本件解雇が行政処分であるとする被告の主張は、採用の限りでない。

二、本件行為に対する法的評価

(一)  地方公営企業の職員は、憲法一五条二項にいう「公務員」であるとともに同法二八条にいう「勤労者」であると解されるから、職員およびその結成する労働組合に対し争議行為一切を禁止する地公労法一一条一項の規定は、憲法が勤労者に保障する団体行動権に対する重大な制限として、その安易な拡張解釈は戒めなければならない。賃金、就業時間等の労働条件の基準を法律で定めることは憲法二七条二項の要求するところであるが、もし、地方公営企業において、使用者が労働条件に関する法定基準を無視し、また、法定の手続によらないで具体的な労働条件を一方的に定めこれを職員に強制することが事実上容認され、一方職員は争議行為に訴えてもこれを拒否することが許されないものとすれば、地方公営企業における職員の労働者としての地位は極めて不安、苛酷なものとなり、ひいては前記地公労法の争議禁止規定の合憲性について疑念を招く結果となるべく、本件行為に関連して右規定の解釈を考えるに当つても、まず叙上の点に留意する必要がある。

被告は、地公労法一一条一項にいう「業務の正常な運営」とは日常的慣行的に行われている現実の業務の運営形態を意味し、それが適法なものであると否とにかかわらないと主張するけれども、かかる業務形態について存する違法性の質や程度のいかんを問わず、ただそれが慣行化、常態化しているという事実により、一概にこれを争議権剥奪に値する「正常な運営」視する見解は、憲法の法治主義、人権尊重のたてまえからもたやすく首肯し難く、右規定の正当な解釈とは認められない。一船に地方公営企業において慣行化した業務運営に違法が伴なう場合、それが比較的軽微な行政法規違反にとどまり業務の円滑な遂行上やむを得ないものとして社会的にも黙認されているようなときは、なお右規定にいう「業務の正常な運営」というを妨げないものと解されるけれども、右違法が労働者の利益を保障する労働法規侵犯の点に存する場合についても右と同様に解することは、同規定が職員の労働基本権に対するやむを得ない制約として争議行為を禁止した趣旨を越えて、広く労働者としての法的保護を奪うことともなり、妥当でない。すなわち、慣行化した業務運営が違法を伴う場合、それが同規定にいう「正常な運営」に該当するかどうかは、違法の性質、程度等を考慮して具体的に判定すべきものであるが、その違法が上記のような性質のものである場合には、これを「正常な運営」と評価するについて、他の場合に比し一層厳格かつ慎重を要するものと解するのが相当である。

(二)  労働条件のうち労働時間が賃金と並んで最も重要な意義をもつことは、憲法二七条がこれを労働条件の例示として掲げることに徴しても明らかであり、労基法は右憲法の規定に基き労働条件の最低基準を定めたものであつて、地方公営企業の職員に対してもその全面的適用があるところ(企業法三九条、地方公務員法五八条)、本件制限給水作業が同法にいう時間外労働であり、本件行為当時局ないし北一支所に三六協定が存しなかつたことは、争のない事実である。

ところで被告は、同法三六条の規定にかかわらず右時間外作業を適法に命じ得る根拠として、(イ)時間外労働が慣行となつていたこと、(ロ)右作業実施につき東水労が全面協力を約していたこと、(ハ)すでに労働協約において三六協定に関する一般基準が定められていたことの三点(上記被告の主張(二)1ないし3)を主張するので、以下順次検討する。

まず、(イ)の点について、被告が主張するように時間外労働慣行化の事実があつたとしても、単に右事実自体をもつて労基法に定める時間外労働の禁止制限を排除する正当な根拠となし得ないことは、明らかである。

次に、(ロ)の点について、仮に被告主張のような事実があつたとしても、本件行為当時東水労と局側との間には、時間外労働に関して別紙記載の労働協約のほかなんらの協約も協定も存しなかつたこと、上記協約は各支所等の事業場(北一支所が労労基法三六条の「事業場」であることについては、明らかに争がないものと認められる。)毎に三六協定が締結される場合の一般基準を定めた趣旨のものにすぎないことは、被告の自認するところである。労基法三六条が三六協定を各事業場毎に締結すべきものと定めたのは、時間外労働については、各事業場に特殊な具体的事情を考慮する必要があり、また当該事業場の労働者又はその結成する労働組合の意思が重視されなければならないとの趣旨に出たものであつて、前掲労働協約の内容も、右法の趣旨を前提としたものにほかならない。従つて、仮に被告が主張するように東水労本部が局側に対し本件給水作業の実施に全面的協力の意向を表明したとしても、三六協定の締結に関し各支部組合員の意思を拘束し得るものでなく、三六協定が締結されたと同視し得べき事情に該当しない。

(ハ)の点について、被告主張のような労働協約の存在が、三六協定と同視できないことは、労基法三六条の立法趣旨につき上述したところから、自ら明らかである。

右のとおり、被告主張の点は、三六協定を伴わない時間外労働を正当づける根拠としていずれも理由がなく、叙上の結論は、(イ)、(ロ)、(ハ)の事実が併在する場合においても、かわりがない。

以上に述べたところによれば、三六協定を欠く本件時間外作業の実施は労基法上許されないものであつて、北一支所長の支所職員に対する右作業命令は、労働条件の法定基準を下回る勤務を強制する点において違法であり、職員は右命令に服従する義務を負わないものというべきである。

(三)  地公労法一一条一項の解釈について、時間外労働の拒否が、既存の三六協定の更新拒否によりことさら時間外労働の違法状態を作為することによつてなされ、あるいは他の争議目的を貫徹するためにされたときは、同規定の禁止する争議行為に該当するものとする見解があるけれども、原告らの本件行為は右のいずれの場合にも該当せず、専ら三六協定なしに強いられた時間外労働(いかなる労働条件の下に右労労提供の義務を負担するかは、本来労働者の自由に属する。)の阻止自体を目的とするものであつて、上記に説示したところと考え合わせると、本件行為はなお労働者の団体行動の自由の範囲内のものであつて、同規定の禁ずる争議行為には、該当しないものというべきである。

しかして、本件行為が北一支部の決定に基くものであることは争がなく、右決定が前記労働協約の趣旨を逸脱するものでないことはさきにみたとおりであるから、本件行為は正当な組合活動というほかない。

三、結論

本件行為を理由としてなされた原告らに対する本件解雇は、本件行為に対し地公労法一二条一項の解釈を誤つて適用したものであるにせよ、結局正当な組合活動を理由とするに帰着し、労働組合法七条一号の不当労働行為であるから無効であつて、原告らは引続き局の職員たる地位を有するものといわなければならない。

右解雇がなかつたとすれば原告らが被告より受けるべき給与の額、支給日が第二の四記載(但し、別表(五)の特別手当の合計額が計算上それぞれ同表「正しい合計額」欄記載のとおりであることは明らかである。)のとおりであることは争がなく、右支給日がすべて本件口頭弁論終結の日までに到来していることは明白である。

そこで、原告らの本訴請求は金員請求中右誤算にかかる部分について理由がないからこれを棄却し、その余はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担、仮執行宣言につき、それぞれ民事訴訟法八九条、九二条但書、一九六条を適用して主文のとおり判決する。(橘喬 高山晨 田中康久)

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